秩父巡礼の旅 



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2009年3月12日

標石のおかれた細い道を行くと、旧秩父橋という説明板がたっていた。巡礼道はこの橋を渡るのだ。今は車は通れないようになっていて、学生が自転車で渡っていた。この旧秩父橋の隣にはりっぱな橋がかかっていて、そこをたくさんの車が通っている。

歩行者専用の橋を渡って広い車道にぶつかると、道の向こうに巡礼のレリーフのある「荒川」というパネルが見えた。そこには東屋もたっていて、東屋から細い道が上に向かっているのが見える。どうも、これが巡礼道のようである。
急な坂道を上って行く。振り返ると広い川(荒川)に二つの橋が並んで架かっているのが見えた。細い橋が私が渡ってきた旧秩父橋である。

登り切ってから少し行くと左に下る道がある。ほとんど山道で、下には御堂の屋根が見えた。これが20番札所の岩之上堂なのだ。
私は裏から境内に入ることになった。
本堂の前に回り込むと、御堂には千社札がいっぱい張られている。この下には「乳水場」という伝説の岩窟があるのだが、そこに下る階段にはすごく危険なので注意するように書いてあった。どうしようかと悩んでしまう。
まず納経所に行って、朱印をもらいながら道の状況を訊いたら、足の悪い人や年寄りのために大げさに書いてあるだけで、心配することはないという。さっそく行ってみた。
急な階段で鎖の手すりがつけられているのだが、本当に心配するほどのことはなくて、すぐに岩窟に着いてしまった。悩んで損してしまった。

乳水場というのは、昔、乳の出ない母親が岩窟の天井から滴る水を飲んだら、乳が迸るように出たというのだ。よく見たら、確かに岩窟の岩壁から水が滴り落ちていた。
次の札所に向かう。階段を上って、このお寺の正面から出ると、入口には石柱がたっていた。そこから下に御堂の屋根が見えた。


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標石に従って歩いて行く


旧秩父橋


東屋の奥に細い坂道がある


山道のような坂を下る



●宗派

●本尊

●住所



●行程
臨済宗南禅寺派

聖観音菩薩

秩父市寺尾2169
1494(23)9419


19番へ0.8km 21番へ0.9km
●縁起
承暦元年(1077)白河法皇が熊野に行幸したときの発願により、この地に本尊聖観音像を安置したと伝えられる。昔は願上寺と称し、大伽藍を擁していたが、天文・永禄の兵乱によって灰燼に帰し、その頃村を支配していた内田氏が観音堂を再興したという。

●堂塔

この堂は「岩之上堂」の名の如く、荒川西岸の崖の上に建っている。江戸中期の造営と思われるが、元禄年間に内陣の補修、宝永年間に彫刻の補修が行われており、唐模様系統の建築で、札所のなかでも屈指のものである。




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