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人は歩くことを忘れつつある。
在家の生活は忙しい。いつも時間に追われている。だから、物理的距離の移動時間を極限まで短縮しようとする。歩くという「非効率的」なことは忘れられようとしている。
高速道路が日本全土に張り巡らされ、無駄といわれながらも高速道路はさらに建造され続ける。こんな山の中というところに高速道路の高架が立っていたりする
鉄道はどんどん高速化してゆき、新幹線が在来線を駆逐してゆく。新幹線の走る区間で特急はなくなり、赤字路線は廃線となって、各駅停車の駅は無人化されてどんどん廃れてゆく。
どこの自治体もが飛行場の誘致を望み、採算を無視して空港を作ろうとする。
高速移動がそれほど大事なことなのか。

人は、移動の速さの代償に、多くの大事なものを失ってきたのかもしれない。
移動の高速化というのは、「途中」の切り捨てある。目的(地)があって、そこに到達することだけが大事なのだ。
新幹線や飛行機は大都会だけを結ぶ。だけど、その途中には小さくても多くの町や村や集落がある。
車や鉄道なら一瞬にして通りすぎるところであっても、そこにはたくさんの人が生活があり、そしてすばらしい自然があるのだ。
美しい山里のたたずまい。庭先に咲く野の花、清く澄んだ小川。
沢蟹が横切ってゆく山道。

子供たちの挨拶の声、里の人とのふれあい、道を尋ねるとわざわざ外に出てきてくれて細かに教えてくれるおばあさん、そしてお接待。
観光ガイドにはない自分だけの美しい風景を心に刻み、多くの人の優しさにふれる。それは歩くことによってのみ得られることなのだ。
人は歩くことを忘れてはいけない。
経済効率とか、そうした観点では私の思うことはたんなる感傷に過ぎないのだろう。
経済効率は生活に豊かさをもたらすのだろうが、豊かさというのは物質的なものだけではない。心の豊かさというのもあるのだ。
飛行機で、新幹線で走り抜けて、その旅になにが残るだろうか。人生も同じだ。わき目もふらずに走り続けて、その一生に何が残るのだろう。

歩くことの楽しさをを思い出させるのが…、遍路である。

小椋佳の作品に「走らないでください」という歌がある。遍路道を歩きながら、私はこの歌を口ずさんでしまうのだ。

人間達が 急ぎ足で
バタバタバタバタ 通りすぎても
年老いた ノラ犬さえも
あくびしながら 日なたぼっこしてる
走らないでください 走らないでください
子犬に ことばをかけて下さい

他の誰かを 追いこしても
あせって時間を追いかけても
夕日映す 柿の実ほども
甘くも めだちも しないものでしょう
走らないでください 走らないでください
青い草笛 吹いてください

私の愛する あなただけには
心の底から 笑ってほしい
心から 泣いてほしい
やさしい言葉を捨てないでほしい
走らないでください 走らないでください
歩く楽しさ 知ってください





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