■真言宗智山派 ■開基/行基
■御本尊/薬師如来
広い境内には本堂と大師堂だけだが、片隅にある「眼洗いの井戸」は、水不足で困っていた住民のために、弘法大師が錫杖で地面をついて湧き出させた霊水である。
     ■第38番札所 金剛福寺から 54.0km
     ■高知県宿毛市平田町中山390
     ■TEL 0880-66-0225


BACK 38番 金剛福寺


43日(18日目)

テントを畳んで645分に出発した。
お礼に一心庵に寄ったら、奥さんは私の収め札をみて、同じ宮城県の出身で気仙沼だと言っていた。ともかくお礼を言って、次の札所をめざす。
右に加江川を見ながら田んぼの中の道を行く。民家の庭先には桜が咲いていたり、鮮やかな黄色菜の花が咲いていたりで、本当に春を感じさせる。
のどかな里の風景を見ながら歩いて行く。
五味橋の手前で国道と別れて県道に入る。そこには看板が置かれていて、車は全面通行止めとなっていた。
大きく蛇行して流れる下ノ加江川に沿って道は続く。両岸には山が迫っていて、谷底を行くようである。
しばらく行ったら工事現場に着いて、道はロープで遮断されていた。歩行者の道は左へ山に向かって登って行くのだ。ここで、私はラクをしようと思って工事現場のなかに入っていった。ブルドーザーが土を掘り返しているが、何とか通り抜けれるだろうと思ったのだ。
ところが掘り返した土の山の上に登ってみると、すさまじ崖崩れで、道路は完全になくなっていて、断崖になっていた。
あきらめて歩行者用の山道を登るしかなかった。すごい仮設の道で、パイプで組み立てられた急な階段を下ってようやく車道に降り立った。標識のいうことには素直に従うべきだと、深く反省した。
樹林の中の車道を黙々と歩いて行く。とりあえずの目標は河内神社なのだが、なかなか着かない。人家のあるところまで来たら、放し飼いの犬がやってきて吠えられた。恐い。
飼い主が出てきて制止してくれたが、そこが河内神社であった。時間は9時を過ぎたころである。
再び蛇行する川に沿って行く。ダラダラとした道が続くので、地図を調べたら、ドライブイン水車から入る県道46号線の方が近いということがわかった。今歩いている道はすさまじく曲がりくねっているために、逆に距離があるのだった。
下長谷の集落に着いたのは11時半。お店の前にバス停があるので、ここで休憩することにして、お店でパンを買うことにした。ところがパンはなかった。お店の人が言うには、今日は日曜なので開いてる店はないのではないかという。お店って日曜は休んでしまうのか…。
12時少し前に宗賀の集落の手前の天満宮に着いた。ここには休憩施設とトイレがあって、水も調達できた。水とカリントウでお腹を満たした。
分岐があって、遍路道を行った方が近いのだが、三原村を通る遠い道を選ぶ。役場があるところなら、スーパーがあるだろうと思うからだ。今夜の泊まりは「梅の木公園」を考えているのだが、この三原村を過ぎるとお店はなさそうなのだ。なんとしてもここで買い出しをしいなければ、夜食べるものがなくなってしまう。
役場をすぎて、やっとスーパーを見つけた。ところが、戸に鍵がかかていた。ゲッと思った。ここで買い物ができないと困ってしまう。戸にはメモが貼られていて、裏に声をかけてくれとある。そこに呼びに行って、ようやく店を開けてもらった。
ここで食糧の調達ができたので、あとは安心である。のんびりと歩いて行けばいい。
地図で確認しながら歩いて行って、このあたりに梅の木公園があるはずのところに着いたがそれらしきものがない。焦った。途中の道路標識で「三原村いこいの森」は左の道に入って1kmとあったから、間違えたかもしれない。そこで県道から離れて、樹林の中の細い道をたどってみた。樹林を抜けると公園があった。時間は2時を少し過ぎた頃。
早いのだが、今日はここでテントを張ってしまうつもりだ。
桜が満開ですばらしいところである。
大きな休憩所があって、そこでは7人の家族がお花見をしていた。彼らはちょうど帰るところで、私がその休憩所に入ったら、荷物をまとめて車に乗り込んでいってしまった。公園には私一人になった。
ともかく、買い出してきたビールで一人乾杯した。うまい。
本を読んだりしてのんびりしていたら、風が強くなって、雨が降り出した。風で雨が吹き込んでくる。
仕方がないので、この休憩所の隅にテントを張って、その中でのんびりすることにした。
缶ビールを2本開けて、その上にワンカップの日本酒まで飲んでしまったら、いい気持ちになって寝てしまった。


44日(19日目)

夜中は風が強くて、テントが大きくしなったりしていた。これでも東屋の中にテントを張ったのだが…。
朝は寒かった。テントを撤収して、歩き始めたの710分である。
県道の出て少し行くと、下の河川敷に公園が見えた。私が泊まろうとしていた梅の木公園はこれのことだったようだ。私がテントを張ったのはいこいの森というわけである。
蛇行したダム湖を2度渡って、2つのトンネルをくぐる。道は平野部に下っていって、目標にしていた平田小学校を過ぎるとすぐに鉄道の高架が見えてきた。これが土佐くろしお鉄道で、平田駅がある。ここから39番札所の延光寺までは3kmほどである。
…と思って歩いて行ったが、けっこう長い距離に感じた。
平田駅からすぐにT字路でこれを左折する。この道は国道56号線である。30分余り歩いて右折し、田んぼの中ののどかな道を20分ほど行くと、山門が見えてきた。ようやく延光寺に着いた。
まだ915分である。参拝者は私一人だけで、境内では掃除のおばさんが庭を掃いていた。

納経を済ませて来た道を引き返す。国道に出ると、そこには「アサヒ健康ランド」という温泉施設がある。今日は松尾峠まで歩くつもりなのだが、そこまでは12kmほどである。
ゆっくり歩いても、4時間あったら十分である。
そこで、この温泉に寄って行くことにした。玄関に入ると、営業は10時からということで、20分ほど待たなければいけなかった。
玄関の横にザックを置いたが、そこにコンセントを見つけた。携帯のバッテリーがなくなってきていたので、こっそりと充電させてもらった。ごめんなさい。
温泉では、ジェットバスで足の裏をマッサージしていた。これが気持ちよかった。
1140分に温泉を出発、国道をひたすら歩いて宿毛の町をめざす。歩いて行くと「レストラン鶴亀」があった。名前がすごく変わってるので、ここで昼食をとることにした。ランチが650円であった。
ゆっくり食事をして、出発は1310分。
松田川を渡って宿毛の町に入る。そこで、自転車の女学生に100円ショップがないか訊いた。親切に教えてくれた。
少し道に迷ったが、100円ショップを見つけることができた。買いたいのは、遍路地図を収納できるバックなのだ。いろいろ探したが、ウェストポーチを買ってこれに挟むことにした。
ついでに、ズボンも買うことにした。実は、私の登山ズボンはかなり古いもので、膝に大きな鍵裂きがあるし、お尻の部分が擦り切れて、穴が開きつつあるのだ。
ジャージが大安売りで、398円で買うことができた。今まで履いていたズボンはここで捨ててしまった。私と一緒にたくさんの山を登ってきたズボンなのだが。
いよいよ松尾峠へ向かう遍路道に入る。宿毛の市街をぬけて、山に向かって登って行く。神社の横を通り、貝塚の遺跡の標識を見て、山に入って行く。
舗装道が土の道になって、樹林の中を歩いて行く。平坦な道で、山腹を水平に続いている道なのだ。
途中、二度、集落を抜ける。いかにも山の中の里という感じで、花がいっぱい咲いていて、桃源郷といった趣きである。
行く手に大きく山が迫ってくる。これを越えるところが松尾峠なのだ。山道になってこれを行くと、分岐がある。「右、地蔵堂。休憩していきませんか」の案内があった。ここには通夜堂があって、泊まれるとガイドにもあったので覗いてみることにした。
新しい地蔵堂で、ここなら野宿しても気持ちよくすごせそうである。
もう4時近くなっている。
松尾峠まではあと2kmほどである。頑張る。
山道を急登する。アスファルトの道を歩くよりは、急登の道であっても、こっちのほうが遥かに私にはあっている。
松尾峠に着いたのは450分。ここは土佐の国と伊予の国の国境である。明日からは伊予の国「菩提の道場」なのだ。
ここには大師堂があって、この中で私は泊まるつもりなのだ。
大師堂にはカンヌキがしてあって、これをはずして扉を開ける。中にはちゃんとゴザも敷いてあって、泊まるには十分である。トイレもあるのだが、ただここには水がない。
そのために、2リットルのポリタンにしっかりと水を詰めてきている。
お堂に入ってまず、納経した。今夜お世話になるための礼儀である。


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花を見ながら行く


下ノ加江川に沿って行く


民家の前に休憩所があった


今は桜が満開


宗賀の天満宮につく


きれいな宗賀天満宮


私がテントを張った公園


テントの中、灯りはロウソク


梅の木公園、ここに泊まるつもりだった


平田の手前、土手には桜並木


土佐くろしお鉄道「平田駅」


9時15分に延光寺に着いた


境内にあった梵鐘を乗せた亀


アサヒ健康ランドで温泉に入った


松尾坂口番所跡、いいよ登りだ


野宿可能な地蔵堂


泊めてもらった松尾大師堂





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