■臨済宗妙心寺派 ■開基 弘法大師
■御本尊/薬師如来
この寺の本尊は弘法大師自らの作と伝えられているが、平安時代の年号が記されている。はっきり年号がわかっているものとしては、四国霊場最古のものである。国宝に指定されている。
     ■第10番札所 切幡寺から 9.8km
     ■徳島県鴨島町飯尾1525
     ■TEL 0883-24-2384

 吉野川を渡る


神社があった


川が見えてきた


潜水橋を渡る

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2005年3月18日(二日目)

次の札所藤井寺を目指す。距離は
10kmほどあって、休憩をいれたら3時間ほどかかりそうである。登ってきた道を引き返して県道12号線を横切り、さらに南下する。これから吉野川を渡らなければいけないのだ。
まず一つ目の川を渡る。この橋には欄干ががない。増水したときには水没してしまう「潜水橋」なのだ。川面がすぐ近くに見える。橋はけっこう幅が狭くて、大きな車がやってくるとすれ違うのに苦労する。もちろん車どおしでは無理である。
川を渡って広い平原を歩いて行く。ここは川の中州のようところで、私が歩いているところから3kmほど上流で吉野川は2つに分かれているのだ。だから、もう一度吉野川を渡らなければいけない。
私の前を若い遍路が歩いている。彼は昨日、板野のあたりで見かけた若者である。歩くのはかなり速いのだが、靴を引き摺るような歩き方をしている。長距離の歩き方には慣れていないみたいで、他人事ながらちょっと心配になってしまった。
二度目の橋は長かった。これを渡りきって土手に上がって振り返ると、天気はすっかり回復していてすばらしい景色が広がっている。空の蒼さを映して悠々と流れる吉野川と、そこに私が渡ってきた埋橋が細く一直線にかかっている。すばらしくきれいな眺めである。
この土手を右に少し行くと、遍路小屋があった。

遍路小屋というのは、あくまでも休憩を目的としているので、完全な壁はない。風が吹きぬけるのだ。それでも、屋根があるので、シュラフを広げて野宿をすることは可能である。
ここでしばらく休憩し、持って来たカップ麺を食べた。
天気がいいと、つい、のんびりしてしまう。結局1時間も休んでしまった。



 藤井寺から柳水庵へ
藤井寺の奥の院


山道を行く


林道を横切る


柳水庵の奥の院


休憩小屋の前を左に行き、田んぼの中の道や集落の中を通って歩いて行く。
集落の中で分岐があって、左が車の道で右が歩き遍路道。もちろん左の道を行く。そうすると集落の外れで、細い山道のような道になって、階段を下って行くと民家の庭先に出る。その向こうにお寺の山門が見えた。
これですぐに本堂かと思ったが、山門からはけっこう距離があるのだ。急な参道を登って行く。
本堂のすぐ前に指導標があって、その細い道が次の札所への遍路道である。
まず本堂で参拝。少し休憩して、次の焼山寺をめざす。しかし、ここではかなり気を引き締めなければいけない。ガイドブックによると、ここからの道が「遍路ころがし」といって、すさまじく険しい道らしいのだ。ヤマヤの私としては期待で胸いっぱいである。
すぐに山道になる。道には点々と石仏が置かれていて、この仏像は四国八十八ヶ所の御本尊なのである。
山道を登って行く。途中で展望が開けているところがあって、そこからは吉野川の流れを展望することができる。
樹林の中の山道をひたすら行く。まず長戸庵を目標にしたが、ここに着いたのは14時であった。
これをさらに行くと石堂権現があるはずなのだが、これはよくわからなかった。指導標の分岐があって、そこに表示があったので少し行ってみたが、すぐに下り道になったのであきらめた。

柳水庵に着いたのは15時である。山道を下って行くと、お堂があって、そのなかに仏像がまつってある。その前が広いので、ガイドブックに野宿可能とあった「奥の院」というのはこのことらしい。さらに下るとすぐに庫裏のような建物がある。今は無人になっているのだ。このあたりで雨が強くなった。
まだ3時なので先に進もうと思っていたのだが、雨の中歩くのはめんどうなので、ここでテントを張ることにした。時間が早いのでテントの中でのんびりしてしまった。
水場もあって、ウィスキーで水割りを作って飲んでいたら、なんかいい気持ちになって寝てしまった。
こうして遍路2日目が終わった。


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