熊野本宮大社→下地橋→松畑茶屋跡→万才峠分岐→百間ぐら→石堂茶屋跡→桜峠→桜茶屋跡→小和瀬の渡し場跡(泊)

ガイドブックや道に立つ熊野古道案内板はすべて逆方向(那智大社→熊野本宮)となっている。平安貴族の熊野詣は熊野本宮から船で一気に熊野川を下っていたのだ。
私は歩くしかないのだが、この間には小雲取越え、大雲取越えの難所が立ちふさがっている。きついコースだったが、百間ぐらからの展望は疲れを忘れさせる。
百間ぐら

 松畑茶屋跡へ

熊野川に沿って国道を行く


請川橋を渡る


下地橋バス停から石段を上る


杉林の中、丸石を並べた階段道


松畑茶屋跡に着いた

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2010年3月21日

再び重いザックを背負って、那智に向かって出発したのは
1220分であった。
国道を延々と歩いて行く。20分ほど歩くと、大峰奥駈けのとき渡った備崎橋の前を過ぎた。懐かしい。
さらに国道歩きが続く。車が頻繁に行き交う道なのに歩道部分がなくて、車に気をつかいながら歩かなければいけなかった。熊野川が悠々と流れているのだが、春霞で白く霞んでしまっている。でも、道には満開の桜が並んでいてすごくきれいなのだ。
道ばたで古い道しるべ石を見つけた。
請川の集落に入ったのは13時である。この少し先で請川橋を渡った。さらに10分ほど行くと、もう一度橋を渡って、そのすぐ先に下地橋のバス停があって、その横にはスタンプのポストもたっていた。ここには熊野古道のマップと指導標がたっていた。
ちゃんと指導標があるので安心したのだが、小口までは
13kmとかかれている。この先のルートを小雲取越えといって、熊野古道ではすごい難所の一つなのだ。今、時間は13時半になろうとしている。途中でテントを張ることになりそうだ。
私が心配しているのは、ガイドブックが逆のルート、小和瀬から小雲取を越えて請川に下るように紹介していることだ。指導標がちゃんと置かれていないと迷ってしまいそうだ。
指導標に従って、国道から右の細い道に入る。民家の横の細い石段を上って行って、すぐに左にターンをする。平坦になると民家があって、この間を抜けると桜が満開の道になった。桜がすばらしくきれいである。私が仙台を出発したときは、雪だったのだが…。
少し行くと、鬱蒼とした杉林の中に入って、その中に緩やかであるが階段道になっている。これから標高609mの如法山の肩を越えるのだから、登りが続くのは当たり前なのだが、これはほとんど登山とかわらないものになりそうだ。杉林の中の道が続き、左は深い谷になっている。丸石を並べた階段道が続く。30分ほど行くと、杉の植林から抜けて、自然林の中を行くようになった。道は尾根を縫うように続いていて、尾根の右を行ったり左を行ったりする。
急な坂を越えると、すぐ下で道が広くなっていて、その両側にベンチが並んでいる…といっても、木の板を並べているだけなのだが。ここが松畑茶屋跡であった。時間は1440分になっていた。地図を見ると、この先はさらにきつい登りで、このルートの最高点「百間ぐら」を目指すのだ。



 百間ぐらから石堂茶屋跡へ

山襞に沿って蛇行する


百間ぐら


段差のない階段になっている


石堂茶屋跡


茶屋跡から
15分ほど行くと、伊勢路との分岐があった。伊勢神宮から熊野本宮に続くルートで、この道もいつか歩きたいと思っているのだが、ここに接続するのだ。指導標には百間ぐらまで1.4kmと書かれている。急な登りがまだ1.4kmも続くのかと覚悟を決める。山襞に沿って道は大きな蛇行を繰り返して登って行く。明るい日差しの中になったり、薄ら寒い日陰に入ったりする。がんばって登って行くと、分岐から30分ほどで、樹林から抜け出して展望の広がる峠に着いた。石をケルンのように積み重ねた上に石仏が置かれている。ここが「百間ぐら」であった。ここは熊野古道では必ず取り上げられる絶景ポイントなのだ。
ともかく、ここからのの展望はすばらしい。熊野の山々がどこまでも広がっていた。自分がすごい山の中にいるんだということがわかる。
百間ぐらからは石段が残る道を下って行く。道の横の斜面にはシダがいっぱい茂っていた。10分あまり下ると車道を横切る。その右手には熊野古道の案内板がたっている。
少し車道に沿って歩いて行くと、皇太子殿下が訪れたという石標がたっていた。皇太子は百名山に登ったりして、アウトドア人間だと思う。けっこううれしいのだ。
鬱蒼とした杉林の中を行き、丸太の階段道を下って行くと、ケルンのように石を積み重ねた上に地蔵尊がたっている。これが賽の河原地蔵であった。熊野詣で亡くなった人々の霊を供養するために作られたらしい。
賽の河原というから、私は広場いっぱいに石積みがあると思っていたのだが、このお地蔵様の足下一つだけであった。
ここから5分ほど行くと東屋がたっていた。ここが石堂茶屋跡で、道ばたには古い苔むした石標があった。



 小和瀬へ

谷側は断崖


桜茶屋跡の東屋


琴平さん登り口


小和瀬に降って行く


小和瀬橋


杉林の中の道が続く。道は尾根の左をトラバースするように続いていて、緩やかなアップダウンを繰り返す。登りになって、谷川に手すりが設けられていると思ったら、道の山側は岩壁になっていた。岩山なのかと思ってしまう。さらに
10分ほど登ると峠を越える。この峠が桜峠で、小さな標識があるだけであった。
少しだけ下ったところには、中辺路のポイント標識と歌碑がたっていた。これは斎藤茂吉の歌であった。
樹林の中、階段道を下って行く。10分ほど行くと、石垣が現れてそのすぐ先で樹林から抜け出して明るい広場に飛び出した。ベンチが置かれ、東屋もたっている。ここが桜茶屋跡である。時間は1650分になっている。ここでテントを張ってしまおうかとも思ったが、あと1時間ほどで、小和瀬に着くことができる。小和瀬渡し場跡にも休憩所があるはずなので、そこまで下ってしまうことにした。ここの東屋からはまわりの山々を展望することができて、傾いた日差しで山襞が濃い影を造っていた。
茶屋跡からはけっこう急な下りが続く。歌碑もあちこちにたっていて、道は石畳や自然石でつくられた石段になっている。尾根をどんどん下って行くと、下に大きく蛇行して流れる川が見えてきた。赤木川である。川辺には集落も見える。
どんどん下って行ったら、右に「琴平さん登り口」という標識があった。山かと思ったが、もう時間は17時半になっているので、寄り道はできない。暗くなる前に小和瀬に下り着かなければいけない。
杉林の中を急下降すると、道ばたの岩窟に石仏が祀られていた。これが尾切地蔵であった。下まではもうすぐである。
中辺路のポイント41を過ぎたら、下に民家の屋根が見えてきて、すぐに樹林から抜け出した。すぐに民家の庭先をかすめるようにして石段を下る。そこの家のおじさんから、暗くなるまえに降りてこれてよかったねと言ってもらった。
車道に出て、少し行くと橋を渡る。これが小和瀬橋で、橋には熊野古道巡礼者のレリーフがあった。
橋を渡ったところに広い駐車場があって、東屋ときれいなトイレがある。車道に面したところには小和瀬のバス停があった。東屋の屋根の下にテントを張り終えたのは1810分になっていた。
この夜は風がすごく強くて、テントがとばされそうになった。


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