矢の川小学校→風伝峠→さぎりの里→折山神社(横垣峠登山口)→坂ノ下峠→横垣峠

矢の川から歩き始めたが、道がわからなくて苦労した。風伝峠を下ってからも迷ってしまって、ようやくの思いで横垣峠の登山口に着くことができた。さらに困ったことに、峠の入口には地滑りのため通行止めの標識があった。

 矢の川から風伝峠へ
矢の川大平のバス停


林道を緩やかに上って行く


展望が開けた


風伝峠に着いた

BACK 楊枝の渡しから矢の川へ


2010
1128

明るくなってすぐに行動を開始した。この集落の人にテントを見られるのはイヤだったのだ。テントをたたんだ後、この廃校を見にいった。校庭から坂道を上ると校舎があって、校門の横には開校百年 昭和五十年 矢の川小学校」という碑がたっていた。
校庭に泊めてもらったお礼のお辞儀をして、この学校を後にした。
まず矢の川大平のバス停まで行った。ところがここで道がわからなくなった。十字路になっていて、直進すると橋を渡ることになり、左折すると川に沿って西に向うことになる。指導標を探したがどうにも見つからない。ガイドブックの地図と磁石でどう行くべきか検討したがやっぱりわからない。方向としては橋を渡って東に向うようである。でも、ガイドブックの地図をよくよく見るとこの十字路を右折するようである。でも、この道は川に下って行って行き止まりになっている。地図をもう一度確認すると、この道の一段上に民家の中を行く道があるようだ。これかと思って、細い石段を上ると車道があった。これかと思って歩いて行くと、すぐに集落を抜けて、蛇行しながら山に向うようになった。この道で間違いないと確信した。途中から振り返ると、昨夜泊った集落が見えた。今日はいい天気である。
30分ほど行くと熊野古道の指導標があった。私が歩いてきた車道に左から合流してきたのだ。その指導標には「通り峠1.9km」と書かれている。私はどこかで熊野古道から外れてしまっていたのかと思った。でも、地図を見ても間違ってはいない。ガイドブックをよく読んで見ると、「本来の古道は旧道の右斜面を下り、燕茶屋で通り峠へ向う北山道と分かれていたが、現在、たどることは困難」と書かれていた。
この指導標から5分ほど行くと風伝峠であった。普通のアスファルト道で道ばたに「風伝峠」とかかれた小さな石標があった。



 風伝峠から折山神社へ

風伝峠から石畳を下る


風伝峠の入口


きれいな田園が広がる


横垣峠の登り口に着いた


風伝峠から下ったすぐのところに風伝茶屋があった。ここにはこの付近のイラストマップがたっている。でも、これを見ても熊野古道のことはよくわからないのだ。

車道を下って行く。少し行くと、熊野古道入口の指導標があった。これで車道から離れることができる。樹林の中に石畳道が続いていた。
10分ほど静かな石畳道を下ると樹林から抜出して、田畑が広がった。この入口には熊野古道の石標がたっていた。
田んぼの間を少し行くと車道に出て、この車道を行く。電信柱には熊野古道の標識が張られていて、これを目印に歩いて行ったが、またまた道を失ってしまった。地図では新宮向橋で尾呂志川を東に渡るとなっているのだが、その道がわからない。「上野の大杉」のすぐ傍を通るので、大きな杉が見えないか注意しながら歩いて行き、それらしき杉林に向ったが、そこには案内板はなかった。しかたがないのでともかく橋を渡った。橋を渡って急な坂道を上ると国道311号線に出た。北側に来すぎたようなので国道を、歩いて来た方向に引き返して行くと「さぎりの里」という道の駅のような施設があった。ここには「熊野古道地域センター」という看板もある。ここのお店の人に熊野古道のことを訊いたが、よくわからないらしい。それに坂ノ峠は今通れないと聞いているとも言われた。車はだめでも歩いてならゆけるんだろうと聞き流した。(でも、これは本当で、全面通行止めになっていたのだ。)
そこで、坂ノ下峠の上り口である「高千良バス停」を訊いたら、ここから
300mほども行ったところだという。私はすごく遠回りをしてしまったのだ。
だいたい道もわかったのいで、ここで少し休憩した。ベンチでお湯を沸かしてポットにつめた。暖かいコーヒーを飲んで元気に出発。
さぎりの里から10分ほど行くと高千良のバス停があって、そのすぐ先にY字路があった。国道から左に緩やかな坂道が分かれる。これが横垣峠の上り口で、分岐点にはちゃんと指導標がたっていた。これで安心である。
舗装道を山に向って歩いて行く。杉林の中を抜け、集落を過ぎて20分ほど歩くと、行く手に東屋がたつ公園が見えてきた。
その東屋の左奥に神社があった。これが目印にしていた折山神社であった。この東屋のそばには「横垣峠案内図」があった。



 折山神社から横垣峠へ

通行止めの看板があった


車道から左に入る


坂ノ峠の東屋


横垣峠


これから峠に向って上るんだと思って歩き出したら、すぐに通行止めの標識があって、道がふさがれている。地滑り発生のため林道は通行できませんという看板がたっている。困った。これが通れなかったらすごい遠回りをしなければいけない。ともかくダメだったら引き返すつもりでゆけるところまで行ってみることにした。

舗装された林道を10分ほど行くと、右に熊野古道の入口があった。ここからは車道を離れて山道を行くのだ。崩れているのは林道だというから、山道は通れるかもしれないと期待して行く。
山道は石畳になって、熊野古道の標識も所々にたっている。15分ほど上ると、行く手に新しい東屋が見えてきた。地図によると、東屋から少し行ったら横垣峠である。
ところがそこには「危険立入禁止」の看板が立っていて、道はネットを張って完全に閉鎖されていた。本当に通れないのだ。困った。ここには「坂ノ峠」の案内板がたっていた。地図で確認すると、このすぐ先に横垣峠があるのだ。
峠は近いはずなので、ともかく行ってみることにした。ネットを強引に越えて峠に向って登って行く。どんな崩落地が待っているのかと、ドキドキしながら登って行ったのだが、それらしきところがないままに再び通行止めのネットに着いた。このネットの向うが横垣峠であった。通行止めになるほどの危険箇所なんてまったくなかった。これはいったいどういうことだと思ってしまう。
峠には熊野古道の石碑がたっていて、峠を越えた向うには海が見えた。熊野灘である。あの海岸線に花の窟があるのだ。でも、すごく遠い。
峠で少し休憩。ポットの暖かいコーヒーを飲んで一息ついた。



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