JR那智駅→熊野三所大神社→大狗子峠→白菊の浜→小狗子峠→鍛冶屋口茶屋跡→新宮市境→佐野王子

那智駅から熊野速玉大社までは伊勢路である。海岸に沿った道なので平坦と思ったのだが、それは大間違いでいくつも峠を越えて行くのだ。熊野市から新宮市に入ると佐野王子跡があった。
佐野王子跡の石碑



まだ暗い那智駅を後にした


田んぼを見ながら行く


国道に出た


熊野古道の案内があった


トンネルの右に石段を上る


道がわからなかったがピークを越えた
 大狗子峠へ

BACK 大門坂から浜の宮王子へ

2010323

今日は今回の熊野歩道歩きの最終日になる。
熊野詣とは熊野本宮大社・熊野那智大社・熊野速玉大社の三社にお参りすることなので、ともかく最後の速玉大社までは行かなければいけない。そして、那智から熊野速玉大社までの間に
ある3つの王子をお参りしたらすべての王子社を参拝したことになる。
今日の天気予報は午後から雨になるということなので、できるだけ午前中に新宮市まで行ってしまいたいと思っている。
駅のベンチで目を覚ましたのは545分である。始発の電車が来ると駅を利用する人の迷惑になるので、それまでに撤収を終えなければいけない。列車の始発は7時過ぎなのでもっとゆっくりしていてもいいのだが、早起きをしてしまった。
テントを使っていないので、パッキングはすぐに終わった。顔を洗ったりして、さあ出かけようかというときに、車で旅をしている話し好きのおじさんに捕まってしまって、時間がたってしまった。
那智駅を出発したのは645分である。
外に出たら小雨が降っていた。天気が崩れるのは昼からと思っていたのに、最初から傘をさして行かなければいけないのだ。
まず熊野三所大神社に戻る。昨日見た振分石が大辺路・中辺路・伊勢路が分岐するところなので、ここから伊勢路の第一歩を踏み出した。。
神社前の指導標に従って、右の細い田舎道を歩いて行く。田んぼの間を行くと、右には国道が平行しているのが見えた。このまま田舎道を行けると思ったのだが、
10分ほどで国道42号線に出てしまって、あとは国道を歩くのだ。困ったことに歩道が設けられていなくて、車に気をつけて歩かなければいけない。
国道の右には熊野灘が広がっている。晴れていたらすばらしい眺めなのだが、あいにくの小雨で海岸線は白く霞んでいた。
国道を15分あまり行くと、「大狗峠へは国道前方トンネル右側の階段を登って下さい」という標識があった。その少し先にバス停があって、そこには大狗子峠・小狗子峠の熊野古道イラストマップが掲示されていた。これで道がはっきりした。トンネルの前に着くと、そこには熊野古道の標識もあった。
急な石段を上って樹林の中に入る。鬱蒼とした自然林の中を登って行くと、
5分ほどで車道に出てしまった。でも、これは横断してすぐにまた山道に入る。ここから振り返ると、下には海が広がっていた。
コンクリートで固められた簡易舗装の道を上って行くと、果樹園の中を行くようになった。ところが、この道は行き止まりであった。困って引き返したが指導標は見つからなくて、仕方がないので、カンで果樹園の右にあった細い道を行ってみた。
畑の作業道ではないかと思われる道で、これは間違えたかと思ったが、なんとかピークを越えて細い車道に出ることができた。このピークが大狗子峠だったはずである。



 小狗子峠

右下に線路が見えた


下りきったところにあった


国道に合流する


小狗子峠


峠から下って行くと、道は大きく蛇行を繰り返して国道まで続いているようである。でも、ずいぶん遠回りになっていて、これは熊野古道ではないようだ。でも、国道に降りれるのだったら仕方がないと思って下って行くと、突然熊野古道の指導標が現れて、私が歩いてきた道を横断するようになっていた。いったいどこに古道があったんだと思ってしまう。
ともかく、指導標に従って古道に入った。かなり急な山道で、これを下って行くと、道の右下には鉄道線路が見えた。どんどん下ってなんとか旧道に降り立つことができた。そこには大きな熊野古道の看板が二つもたっていた。
旧道を振り返ると、すぐ先にトンネルが見えた。昔の国道はこのトンネルで峠を抜けたらしい。
線路に沿って歩いて行く。線路のさらに向こうには海が広がっていて、白菊の浜という説明板があった。
このすぐ先で国道に合流した。この先の国道には歩道が設けられていたので、安心して歩いて行くことができる。
5
分ほど歩くと、再びトンネルが見えてきた。
このトンネルの左に小狗子峠の登り口があるはずである。私はさっきと同じようトンネルのすぐ横にあるのだと思っていたらそうではなかった。
100mほども手前に指導標があって、ここから果樹園の中を上るのだった。
芝生のような草つきの道を上って行くと、左には段々の水田が造られている。見事な棚田の眺めであった。
すぐに細い車道を横切って、民家の横を上って行くと竹林に入った。竹林は荒れ果てていて、竹がいくつも倒れてこんでいる。道も、岩が転がる険しいものになった。ようやく切り通しになった峠に着いた。ここには小狗子峠と書かれた小さな標識がたっているだけであった。



 佐野王子

倒木などの荒れた道を下る


宇久井の町を行く


新宮市に入った


佐野王子跡


ここから下って行くのだが、道は倒木でふさがれていて、これをくぐって下ると、今度は竹がいくつも倒れ込んでいた。道は石畳になって、どんどん下って行くと「鍛冶屋口茶屋跡(猿茶屋)」いう大きな標識がたっていた。
石畳道を下って行って、アスファルト道に出た。この道を少し行くと、広い車道と交差するのだが、指導標がないので、直進したらいいのかよくわからない。しかたがないので国道に出てしまおうと思って少し行ったら、指導標があった。
右に果樹園を眺めながら歩いて行くと、行く手にはとんがり帽子のような小さな山が見える。道は大きく蛇行して続いていて、踏切を渡って少し行くとガソリンスタンドの前で国道に合流した。すぐ目の前にはとんがり帽子の山がそびえていた。
国道を10分ほど行くと町の中に入って、そこに宇久井駅があったので、ここで少し休憩することにした。雨の中では休憩場所には苦労するのだ。
駅では知能障害と思われる子供が数人、バスを待っていた。親御さんは大変だろうと思う。
国道を歩いて行く。すぐ右は海が広がっている。熊野灘である。晴れていたら…と何度も思ってしまうのだ。
海を眺めながら歩いて行って、新宮市の境界を越えたのは850分であった。5分ほど行くと、大きく湾曲する海の向こうにマクドの看板が見えてきた。ずうっとネットができなかったので、休憩しながらネットをつないで、列車の時間などを確認することにした。マクド目指して歩いて行くと、海に流れ込む川を渡ったすぐ先に杜(もり)があった。
石垣が続いていて、その上に「神武天皇聖蹟挟野顕彰碑」がたっている。神武天皇は熊野に上陸して大和を目指したのである。
その少し右にいつもの青い説明板がたっていた。ここが佐野王子跡だったのだ。看板板の横には「王子跡」と刻まれた石碑があった。これだけであった。この並びには地蔵尊と宝筺印塔がたっている。説明板によると、この石塔も尼将軍の供養塔なのだそうだ。
佐野王子のすぐ先に大きな複合ショッピングセンターがあって、そこにマクドがあった。ここでネットをしたりしていたら、あっという間に1時間半がたってしまった。


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