先を急ぐ事にして、岩間寺本堂の左の道を行く。とたんに細い山道になって、今までの立派な道路は岩間寺に車で参拝する人達のためのものであることがわかった。
少し行くと「日本一長寿桂」という案内が立っていた。
左に下る道があって、その向こうに大きな桂の木が立っている。すばらしく立派な木である。古木には霊が宿るというけれど、本当にそんな気がした。
ここから鬱蒼とした樹林の中を行くと分岐があって、奥宮に行く道が分かれる。奥宮まで500mと書いてあって、そこでは琵琶湖の展望もできるらしい。行ってみることにした。
山道を10分ほど行くと赤い鳥居が立っていて、それをくぐって上に登る石段がある。その登り口の右に展望台があった。ここからは本当に琵琶湖がきれいに見え、瀬田川が悠々と流れている。東海自然歩道では比叡山以後、琵琶湖を眺めながら歩いてきたのだが、これが見納めかもしれない。
石段を登って神社の本殿まで行ってみたが、周りに木々に茂っていて展望はきかなかった。
分岐点にもどる。
ここからは完全な山道になって、すさまじく急な下りが待っていた。
どんどん下って行くと田んぼの中に出て、ここが「東笠取」の集落。田畑の間に続く舗装道路を行くと再び登りになって、疲れたなと思う頃に峠に着いた。ここには「清滝神社」があった。神社の境内で少し休憩。
舗装の道を下って行くと、醍醐寺に向かう道との分岐に着いた。ここが西笠取の稲出の集落で、すぐ近くに小学校の校舎が建っている。
その校舎に横幕が貼られていて、読んで見て驚いてしまうのだが、そこには「新入生募集」と書かれていた。私立学校でもないのに、募集するというのはどういうことだろう、この集落に住んでいる子供がいなかったらどうにもならないだろうが…と余計なことを考えてしまった。
車道を行くと自販機がある。ここでコーラを買って休憩。ともかく異様にのどが渇く。この蒸し暑さにはつくづく参ってしまう。東海自然歩道は夏に歩くものではないと、つくづく思ってしまう。
集落を行くと真新しい野外活動センターがあって、すごい大規模の設備。こんな山の中で収支にあう集客ができるのだろうか、ひとごとながら心配してしまった。
この野外活動センターを過ぎたところで右折して、山に向かって登って行く。
このあたりは、すべて車道を歩くのだ。アスファルトの道はけっこう疲れる。
稜線に登り着く頃から銃声が聞こえるようになった。そうとうやかましい。国際射撃場が近くにあって、その銃声なのだ。
山の上の道をたどって行くと、道の脇には不法投棄のゴミがたくさん散らばっていた。
テレビとか冷蔵庫、ソファ等、などが散らばっていて、こんなことを平気でするような奴って許せないと思ってしまう。
下ったところが「炭山」の集落、ここには陶芸家が集まって陶芸村をつくっているのだ。その陶芸家たちの店が並んでいて、その前を歩いて行くが、私は今もって陶器の芸術性というのがまったくわからない。
ここからは単調な車道を延々と歩いて行くことになる。
採石場を過ぎて、さらにひたすら車道を行くと、宇治と志津川との分岐に出た。
東海自然歩道はここから天瀬ダムに向かうのだが、私は宇治平等院に向かう。
ここで道がわからなくなった。ガイドブックにある地図の通りに行くのだが、どんなに探しても仏徳山に登る道が見つからない。仏徳山をまいて、車道を宇治平等院に向かってもいいのだが、せっかく山があるのに頂上を踏まないのは我慢できない。もう一度分岐点にもどって、地図と磁石を照らしあわせながら歩いて行く。
方角はちょっと違うのだが…と思いながらも、山の中に入って行くと墓地があって、ここから山に上って行く細い道があった。この道を登って行くと、上の方で人の声がする。20人ほどの中高年の団体が円を組んで話しをしていた。そこは道が交わるところで、東海自然歩道の指導標が立っているのを見つけた。うれしかった。
少し登ると東海自然歩道の休憩施設があって、そこから大吉山(仏徳山)山頂に向かう道があった。
登ってみた。山頂には三角点があったが、それはほぼ水平な山道の真ん中にポツンとあって、まったく山頂という感じがしない。樹林の中で展望もきかないのだ。
分岐にもどったところの少し先に展望台があって、そこからは宇治の街を見下ろすことが出来る。宇治橋も見えるし、よく目をこらすと宇治平等院の甍も見えるではないか。登ってきたかいがあった…、と大満足した。
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