愛知県コースとの分岐から下って行くと山あいの田んぼの中の道になって、やがて西帷子の集落に入った。
西帷子からは北に方向を変えて車道を歩いてゆく。
途中に真善寺の石柱を見つけた。この寺は臨済宗妙心寺派の古刹で、立ち寄りたかったのだが、ここから400mも山に向かって登って行かなければいけないのだ。あきらめた。
両側に山がせまる峠を越えると高速道路にぶつかる。この手前に石仏がたっていた。木曾街道のみちしるべとしてたてられた馬頭観音である。この木曾街道は元和9年(1623)徳川義直の命によって、名古屋城下から小牧宿~善師野宿~土田宿を経て中山道と街道として整備されたのだ。名古屋道、尾張街道とも呼ばれる。
高速道路をトンネルで渡って、少し行くと大脇である。大脇の集落のはずれで橋を渡るのだが、下は美しい渓谷になっていた。
道はようやく平野に出て、可児川を渡ったところで、右折して田んぼの中の道をとる。
行く手には大きな工場が見えてきて、車道に出る直前に仲の島の案内があった。でも、川が分かれているおようには見えなくて、その意味がよくわからなかった。
名鉄の線路をトンネルでくぐって、あとは広い車道をひたすら歩いて行く。広くなった可児川を渡ったところで右折して南に向かう。ただ指導標がない。どこかで分岐を見逃したみたいである。
このあたりの自然歩道のコースの意味合いがよくわからない。道は可児川から南下して塩河の集落まで行って、それからV字で曲がって再び北上して可児川まで戻ってくるのだ。とくに見るべきっものもないのになんでこんな遠回りをするんだろうと思ってしまう。もちろんこのコースをとることによって、車が多い車道歩きを逃れることができるのだが。
農業大学の入口を左に見て、さらにアスファルトの道を歩いて行く。
歩いている道の両側には岡が連なっていて、道は東の岡に沿って続いているのだが、途中から右折して西の岡に沿った道を行く。のどかな山村の風景の中をのんびり歩いて行くのだ。いたずらに遠回りさせられているだけだと思ったのだが、これはこれでけっこうすてきなコースではないかと思う。
新田、西洞と集落を抜けて行く。西洞ではコンビニがあって、そこではお酒も売っていた。のどが渇いたので、缶チューハイを買って飲んでしまった。
西洞から県道を渡って西に向かう。小さな峠を越して「今」という集落に着く。ここからは北に向かって再び可児川を目指すのだ。連なる岡に沿って歩いてゆく。山寺という集落で右折して、川を渡って、さらに陸橋で県道を渡る。東に向かう緩やかな登りになる。
両側は新興住宅地である。上りきったところに児童公園があったので、そこのベンチで休憩した。今日は天気がよくて暖かい。
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