BACK 美濃国分寺と池田山麓
2006年3月5日
東屋から橋を渡って、昨日歩いてきた道に出る。そこには高橋谷に入ってゆく道があって、これが自然歩道である。緩やかに上ってゆくのだが、谷に沿ってカーブを繰り返す道である。
山に入るにつれて雪が目立つようになった。
まず目標にしているのは「谷山」という集落である。ここまでは5kmほどなので1時間余りを予定していた。ところが、雪はどんどん深くなって、完全に道をおおってしまった。
一歩ごとに足が雪にもぐるようになって、ものすごく歩きにくい。本気で輪カンジキが欲しくなった。
谷の入口から1時間20分で谷山の集落に着いた。
この村は今は廃村になっている。ところが、建っている家はしっかりしていて、人が住んでいそうな気配である。電線も引かれているから、電気も通っているのだと思う。でも、雪道の上には足跡が一つしかなかった。
ガイドブックによると、ここに人が住み始めたのは建久元年(1190年)で、平家が滅んだ数年後である。平家の落ち武者の村だったのではないかと書かれていた。全村廃村になったのは昭和41年だというのだが、それなら家々は朽ち果てているはずなのだが、今も気候のいいときには帰ってくる人が多く、そのとき野良仕事をしたり山仕事をしたりしているのだそうだ。…でも、今は完全に雪に閉ざされた村である。
この村を過ぎると、完全に足跡もなくなって、雪の上をひたすら歩いてゆく。今回の旅にはスパッツは持ってきたが、アイゼンは持ってきていない。この装備で、標高1000mの鍋倉山を越えるというのはきわめて不安である。
谷が狭まってきて、道は細くなる。
沢を渡るとそこからは急な登りになった。そこには雪に半分埋もれた自然歩道の指導標がたっていた。
雪の山道を登ってゆく。樹林の中の道で、斜面をジグザグに登るのだ。道は雪で完全に隠れているため、時々道を失ってしまう。
雪の重さで木々が道に覆いかぶさって、道を塞いでいる。ジグザグ道でターンする箇所がわかりにくい。このまま真っ直ぐに行っていいのか、ターンするのか判断に迷うのだ。何度か、ザックをおいて偵察に行かなければいけなかった。
樹林の中に入って、傾斜が緩やかになると、本当にルートの判断ができなくなる。磁石で方向を確認して、あとはカンである。
そんなことを何度も繰り返したが、なんとか登山小屋の前に着くことができた。新しい小屋で中はきれいである。もうここに泊まってしまおうかとも思ったが、今日は天気がよくて視界が開けている。もし、明日、霧に囲まれたしまったら遭難するしかない。時間も十分あるので先を急ぐことにした。
小屋からは稜線を歩いて、なんとか鍋倉山山頂に着くことができた。
ほっとした。
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